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自然の中のスクール。

  • 投稿日:2017年07月10日
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八ヶ岳の夏は辺り一面に緑が生茂って、山も川も非常に自然豊かなものがあります。自然の中にスクールがあることが八ヶ岳サドベリースクールの大きな特徴ですが、一概に「自然は子どもに善い」という訳でもありません。今回は自然の中のスクールであることの、メリットとデメリットをお話します。

自然の中のスクールは、「空気がきれいで気持ちがいい、近郊には山や森や川など自然がいっぱい、自然から採れる新鮮な食材が豊富、校舎が広くて開放感がある、周りを気にせず音楽をしたい子は大きな音を出せたり、敷地内でBBQや焚き火や花火もできる…」等々。

一見良いことづくめのようですが、都会のように人の豊富さや色んな施設が身近にあるというメリットはありません。たとえば、何か専門的な知識や技術を学びたいとなったら、学べる先生のところへ行ったり講師として招聘するとき等のアクセスは絶対的に都会が有利です。ちょっとした買い物だったり遊びに行くのも電車やバスを使えば子どもの足でもどこへでも動ける街中に対して、田舎は車がないと足が伸ばせない地域も少なくありません。

 

このように条件が違うだけで、一概に善いとは言えないことが分かります。

サドベリーはこれらの色んな条件を踏まえて、入学することを選ぶのは子ども本人です。自然が好きな子や街中が好きな子がいたり、自然がある場所に身を置きつつゲームをやりたい子や街中を日常拠点にしながら山登りをしたい子がいたり。それに、どこに住むのかは家族全体に関わることですし、メリットデメリットを考えながら総合的に(または直感で)決めていくことになります。今は子どもの学校のために、家族全体で真剣に考えて八ヶ岳まで引っ越してくるご家族も少なくありません。

 

個人的には、生かすも殺すも自由なので、自然の中でも街中でもどちらでもいいと思います。八ヶ岳サドベリーでは自然を活かして色々な自然体験をしていく子がいる一方で、ずーっと校舎の部屋にこもってパソコンをしたり勉強をしている子もいます。「せっかく自然の中なんだから自然を活かすのが善い」とも決めつけられません。

人と人、価値観と価値観の「違い」には一方的な善し悪しを付けられるものではなく、田舎なら田舎なりの暮らし方を学べるし、街中なら街中なりの暮らし方を学べるということなのです。

 

(スタッフ・かずま)

 

 


「活動費」というシステム

  • 投稿日:2017年06月12日
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今回は、八ヶ岳サドベリースクール独自のシステムの一端をご紹介します。

スクールができて最初は「ミーティング」や「ルール」といったシステムがなく、ゼロから生徒とスタッフで話し合って作っていくのがサドベリー。日々作られては変えられ、そぐわないものは消されていくのが常ですが、八ヶ岳サドベリーの2016年度からは「活動費」というシステムを導入しています。

簡単にいうと、「生徒が自分の学びのために自由に使える予算」です。TVゲームで遊び尽くしたい、数学の専門書を購入して学びたい、皆でプールに行って遊びたい、ネイティブの人を講師に呼んで英会話を習いたい、等、サドベリーではどんな活動も同じく価値があるものとして扱われるので、何に活動費を使うかに制限はないです。八ヶ岳の活動費は年間80万円ほどあるので、理論上は一人で何かやりたいことのために活動費の全額を使うことも可能です。

ただし、「自由に使える」という言葉は一見とても素敵に見えるかもしれませんが、そう甘くないのが実情です。「一人の自由は、もう一人の自由と遭遇した時点で終わる。」という言葉もあります。

 

活動費を使うためには、「プロジェクト」を企画してミーティングに出す必要があります。ゲームをしたいにしても英会話をしたいにしても、なぜそれがやりたいのか、どんな学びがあるのか、お金を使う価値・必要性はあるのか、実行にあたっての計画性、などなど、スクールミーティングで公正に審査されます。

しかし、そうして「ミーティング」で審査されることが、あらゆる学びの質を高める効果もあります。予め計画性も必要ですし、行き当たりばったりでは却下されてしまうかもしれませんから、やりたい活動にどんな意味や学びがあるのか、自分がなぜそれをやりたいのか?と、自分自身で考える必要が出てきます。

また、「活動費を使った後はミーティングで報告する」というルールがあるので、ミーティングでプレゼンした内容通りに企画が遂行できたのか、変更点や問題点があったかどうか、実際にやってみて本当に学びはあったのか、などの報告もまたミーティングで審査されます。最初にプレゼンで言っていたことをやっていなければ、次回同じことをプレゼンしたとしても、前回言ってたことやらなかったよね?となるのは自然です。

 

サドベリーは常に試行錯誤の日々ですが、当然この活動費を使って活動するのが偉いということもありませんし、やりたいんだからやらせてあげようということもありません。ニュートラルなスクールミーティングの場でジャッジされることが全てなのです。最近では、釣りに行きたい、スキーを習いたい、温泉巡りをしたい、みんなで旅行をしたい、等の企画もありましたが、今後どんなプロジェクトが出てくるのでしょうか。

 

(スタッフ・かずま)


流動的かつ不変的。

  • 投稿日:2017年06月02日
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去年から引き続き好評の短期留学(寮付き)3期が終了しました。

今回は一般の子に加えて、デモクラティックスクールまっくろくろすけ、西宮サドベリースクール、三河サドベリースクール・シードームからも生徒が参加しており、留学生は毎日のことには責任を持てないので議決権はないのですが、ミーティングが好きな子はほとんどの会に参加して意見を出していました。

 

いつもは生徒が10人前後の八ヶ岳サドベリーですが、外部から来た10人を加えるとかなりの大人数となり、前のブログでも書いた通り人が増えると守られるべき自由の数が増えるので、自然とルールが作られていきます。

 

またひとつ、「大きなお金を使うミーティングは週に1回とする。」というルールが決まりました。今までは朝と夕方のミーティングで1日2回無制限に活動費を使うことができました。言い換えれば、何十万円もの予算を週に10回使える可能性があったのです。これにより、いつでも大きなお金を使えるというメリットは減少しますが、お金を使うときは予め計画性を持つ必要が出てくるので、企画をより精査してからミーティングに出せたり、その週1回のミーティングに出ていれば大きなお金を取り扱う議決にはもれなく参加できるというメリットができました。

このように、問題が起きたり必要だと思った人がいたら、形に囚われずにいつでもルールを作ったり変えたりなくすことができる流動性がサドベリーの特徴です。そして、この流動性のベースにあるのは、誰からのどんな議題であっても公正な場で善悪を付けずに話し合うことができるフラットなミーティングであり、子どもを100%信頼してこそ成り立つ普遍性こそサドベリーの大きな特徴であるのです。

 


 

あとがき:短期留学の終盤、チェーンソーで丸太を切り、斧で薪割り。育ちざかりの男子たちが謎に盛り上がり、長い時間をかけて大量に薪を作っていました。スクールの環境整備担当の僕としては、願ってもないことです。

 

(スタッフ・かずま)

 


ルールは縛られるためにではなく、自由を守るためにある。

  • 投稿日:2017年05月29日
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短期留学中は普段よりも生徒が多く賑やかです。人が増えると必然と増えるのがルールです。一人ひとりの価値観が違うので人が増えれば価値観の数も増えます。個人の価値観が最大限に尊重されるサドベリーでは、守られるべき自由の数が増えているということです。

 

先日も、「校舎内でのボール遊びは危ないと思った人がいたらやめる。」というルールができました。室内でドッヂボールをしていて衣装ケースにボールが当たって割れたことが発端で話し合われてできたルールです。再発をどのように防ぐかという観点から、ボール遊び自体を禁止にするという選択もできしたが、細かく分けると様々なボール遊びがあって一つ一つのボール遊びのすべてにラインを引くことまではできないし、危なくないボール遊びも多々存在することが話し合っているうちに分かってきて、危ないか危なくないかは自分達で判断できるという前提のもと、このように決まりました。

 

ちなみに、ルールは生徒みんなが見えるところに貼り出されており、ミーティングノートもみんながいつでも確認できるところに置いてありますが、全員が全てのルールを記憶しているわけでも全ての決定を常に頭に入れているわけでもなく、自分から聞かなくても誰かが常に説明してくれるわけではありません。どこまでどのように知って理解して民主的な学校運営に参画していくのかも本人しだいなのです。

場合によっては、「この決定や新しいルールの緊急性や必要性の高さに応じてミーティングに出ていない全員に通達する。」と決定されたりミーティングの議題に関係している人がその場に招集されることもあります。

 

他にも困ったことがあると随時ルールは作られていきます。最近では「ハチが入ってきて危ないのでドアは開けっぱなしにしない。」「炊飯器の中にしゃもじを入れっぱなしにしたりジャーに立てかけたりしない。」等。ハチが入ってきて危なかったり、しゃもじが炊飯器の熱で溶けてしまったり、問題が発生したその都度解決策を話し合います。

ルールはその問題行動を制御・禁止するためのものではなく、自由と権利が侵害される恐れを回避するためのもので、自分達の自由を如何にして守るかということなのです。

 

(スタッフ・かずま)

 

 


遊びたい!は学習意欲そのもの。

  • 投稿日:2017年05月15日
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先日新しく入学したい子が「サドベリーに入学したい。遊びたいから。」という希望をスクールミーティングに出していました。もっと具体的に聞かせてほしい、サドベリーのことを理解しているのかどうか、家ではなくサドベリーでなくてはならないのは何故か、等の質疑応答の末に承認されましたが、今回は子どもが遊びたい!と思うことについて少し掘り下げて書きます。

 

遊びたい!と思うことは、算数をやりたい!国語をやりたい!と思うのと全く同じことです。料理をしたい、スポーツをしたい、ただボーッと何か考えていたい等、何でもそうですが、今自分が最も興味があることに取り組んでいたり、やりながら立ち止まりながらそれが何なのか考えているのです。上手くいくときもいかないときも含めて、経験すべてが学びなんです。

「学習」「勉強」という言葉からは小中学校で習うような教科の学習をイメージしがちですが、例えば、TVゲームが楽しくてずっとしていて本人は遊んでいると思っていたことが将来クリエイターの仕事をすることになって知らないうちに学びになっていたことに気付いたとか、漢字が好きすぎて本人は楽しいだけでやってるつもりが周りから見ればとてもよく学習しているように見えるとか、みんなでサッカーをして遊んでいる中で楽しいからやっているだけの子がいたり本気でプロの選手になるために本人にとってはこれも勉強だと思っている子がいたり。。。子どもの数だけ学び方も多種多様です。

そもそも何が学びなのか学びでないのか、他人が定義や評価をすることはできませんし、本人のことは本人にしか分かりません。読み書き計算や礼儀やマナーなど、生きていく上で最低限必要なことは教えるべきではないか?と思われる方もおられますが、その人にとっての最低限もその人にしか分からないんです。

小さいうちからサドベリーに通っていて一度も公立の学校には行っていない子も増えてきています。その子達に話を聞いていてもサドベリーを出てから進学や就職をする上で学歴が問題になることはありませんし、日本人の大半の子が経験している小中学校を経験しないからといって何かが欠如しているなんてこともありません。

 

サドベリーは何歳だから何をしなければいけないということはないので、皆が何ができるかできないかは調べたこともないですがおそらくてんでばらばらです。

例えば、文字を読めないままに大人になるということも本人が望めばあり得ることですが、自分が読む必要がある思ったときに読めるようになるところは皆共通しています。他のこと、礼儀やマナー等も同じく生きていく上で自分にとって必要だと思ったら手にしていきます。

 

人は自ら学びたい・必要だと思ったときに最もよく学ぶものです。これは子どもだけでなく大人になっても同じように自分の夢を追いかけたり興味があることを深めたりはできるもので、人は何歳になっても死ぬまで学びの途上なのではないでしょうか。

 

(スタッフ・かずま)

 

 


「書類にはふりがなを付ける。」

  • 投稿日:2017年05月10日
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サドベリースクールでは、何か問題があるときや生徒達がより自由な活動をするために、スクールミーティングでいつでもルールを決めることができますが、今回は最近できたルールを一つ紹介します。

「書類にはふりがなを付ける。」

スクールミーティングは毎日朝と夕方の二回、議題があれば開催されます。議題は事前に皆が見えるところに貼り出されていて、議題ごとに自分が参加するかどうかを選べます。議長は議題を読み上げて提案した人が詳しくプレゼンして、過半数の賛成を得られれば承認、反対されたら却下となります。決定したことをミーティングノートに記入するのが書記の役目です。

先日小さい子が議長をやったときに、議題に書いてある漢字を読めないということが起こりました。ここでふりがなを振ってあった方が読みやすいのではないかとのことから、「書類にはふりがなを付ける」というルールが提案されました。

読めない子は読める人に聞いたらいいのではないか。という意見もありましたが、少し読める子なら文脈から察して聞くことはできても、全く読めない子がいた場合に何をどう聞けばいいかも分からないのではないか。という意見も出ました。実際に議長をやって読めなかった子もふりがながあった方が参加しやすいとの意見を出して、最終的には「議題用紙とミーティングノートに書く漢字には全てふりがなを付ける。」ということが決まりました。

おそらく、読める子からしたらめんどくさい・やりたくない作業なのかもしれませんが、全員の自由をできる限り保証するためにバランスを取る必要がある場合にできるのがルールです。例えるなら、信号が無ければ多くの事故が起こりますし目的地に素早くたどり着くこともできません。赤信号を守るのはめんどくさい・ノンストップで目的地まで行きたいとしても、全員の自由をできる限り対等な権利として鑑みるとやはり信号は必要です。

ルールによって自由を縛るのが目的ではなく、自由を守るためにルールを作るという感覚なのです。

 

(スタッフ・かずま)

 

 


何歳の人は何をすべき。がないのが社会。

  • 投稿日:2017年04月20日
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2017年度がはじまって2週目。スクールの庭にある桜はようやく蕾が大きくなってきました。

入学を希望する遠方の子達がチケット制度を活用して早速体験参加しています。

 

サドベリースクールには決められた時間割がありません。何歳だからこれを身に付けておかなければ、ということもありません。

スクールの日常で音楽好きな子が曲を流していたりしますが、8歳の子が「爆風スランプ/Runner」の歌詞を覚えて熱唱しいたり、今日は12歳の子が忌野清志郎の古い映像を流しながら「キヨシロォーー!!」と叫んでいたりします。自由です。

社会にも学校にも、何歳だから何をすべき、と一方的に決めつけられているものは本来ないはずです。大人になって社会人になったら働かなきゃけないというのも、何をどこまで、どのように、どうするのか?は自由です。同じく子どもも教育機会の提供の義務として用意された小中学校を使うも使わないも自由ですし、サドベリーなどのオルタナティブスクールを選べる状況にある子も着実に増えています。

色んな理念の学校がある昨今、子ども達がそれぞれ自分に合った学校・居場所・家庭も含めた様々な学びの場で成長していけたらいいと思いますが、サドベリーは「小さな社会」とも言われます。

何をすべきのない価値観のフラットな環境で、いつ、どこで、だれが、だれに、なにを、なぜ、どのように?という自分の人生のすべてを決めることができる。自ら選んだ子にとってはサドベリーは最もやりたいことができる学校でありながら、個人の権利が尊重される中で必然と他人とも関わり話し合って社会性を学び、そのまま自分の人生の舵を取りながら、自然と社会にも進出していけるのではないでしょうか。

 

 

あとがき:個人的に忌野清志郎は好きなので「デイ・ドリーム・ビリーバー」を聴きながら気持ちよく過ごせましたが、原発のこととか政府の批判的な歌も流して「これが真実だ!」みたいなことも言っていて、まぁ一概には言えないだろうと思いながら。。。笑 (スタッフ・かずま)

 


スタッフは生徒に何も提案しない存在。

  • 投稿日:2017年04月17日
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八ヶ岳サドベリースクールの2017年度がスタートしています。

 

サドベリースクールにはカリキュラムは存在しないため、生徒はスタッフに何かを一方的に課されるということはありません。よく、「大人は何もしない」という言われ方・書かれ方をすることもあります。

今日はこれをもう少し詳しく書こうと思います。

 

まず、生徒一人ひとりの具体的な活動に関して何をして何をしないのかはその子本人の権利ですから干渉することはできません。例えば、将来の役に立つからこの勉強をしておきなさい、その服はだらしないからきちんとしなさい、等ということは有り得ません。役に立つのか、だらしないのか、が大人子ども関係なく個人の主観にすぎないので、強制はできないのです。喧嘩を仲裁するにしても、大人対大人の喧嘩を見て同じように止めるのならいいのですが、子どもだから喧嘩は止めなくちゃ。とかはありません。

かといって、スタッフが生徒に何も言うことができないのかというと、そうではありません。大人も子どもも関係がなく対等なだけなので、同じことを大人にも言えるなら生徒にも自分が思ったことを言うのが自然なんです。

ひどい言葉遣いをしている子がいたら、「嫌ならミーティングに出したらルール作れるよ」とか。毎食カップラーメンの汁を全部飲み干していたら、「うわ、それ塩分すごいな」とか。誘導や制止ではなく、一意見、感想としてです。

スタッフにもカリキュラムが課されていないので、どう思ってどう動くかもスタッフ一人ひとりに委ねられていて、おせっかいなスタッフは口を多めに出せばおとなしいスタッフはあまり口に出しませんし、仕事をガンガン頑張る人もいればあまり仕事をしない人もいます。

 

色んなスタッフがいて、気持ち的に好きか嫌いかスクール運営に必要か不要か、総合的に生徒が判断することですが、選挙で選ばれたり選ばれなかったりするのがある意味答えです。

 

提案しないのか?という話に戻りますが、個人の具体的な活動に対する提案はできないけどスクール運営に関する提案は僕はしていくべきだと思っています。例えば、スタッフ誰を雇うかを生徒が選挙して決めることになったのであれば、選挙に向けて立候補者を募集していくことを提案したり、そもそも誰がスタッフになってもスクールが回っていく業務システムを作っていく必要があると思います。

スタッフの仕事として何が良いということがない中で、生徒にとってより充実したスクール環境を作っていくのがスタッフの役目なのです。

 

あとがき:僕自身は雇われる限り24時間サドベリーのことを考えて努力し、これからもスタッフに立候補し続けたいですが、僕が最高のスタッフかどうかは生徒が判断することだしより優秀なスタッフが現れる可能性は低くないと思うので、スタッフになりたい人が常に少なくない数存在していてその時に一番良いスタッフを雇えるのがベストだと思います。もし僕が選ばれなければ、淘汰されてクビになるのも必然なんです。(スタッフ・かずま)


2016年度終了しました。

  • 投稿日:2017年03月24日
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八ヶ岳サドベリースクールは、3月25日(土)から4月10日(日)まで春休みとなります。
新2017年度は4月10日(月)から開校しています。

開校5年目の今年度も多くの方に支えていただき、生徒達は様々な活動を繰り広げていました。

八ヶ岳の壮大な自然を活かして遊んだり、プロジェクトの企画や学校運営に頭を使ったり、色んな友達(人)との交流を楽しんだり、自分のやりたいことが何なのか考えたり、悩むことも含めて一人ひとりが日々違う学びを行っています。

4月以降、移住が決定しているご家族や入学を希望している子もいるので、さらに盛り上がるのではないかと思われます。人が増えるということは、自由と責任の数も増えるということです。自由な発想から活動の幅は広がるでしょうし、責任を持つ人が増えてより話し合いのバランスが取れた自治が行われます。

自分の自由を声高に主張するのか、空気を読んで相手に合わせるのか、全体のバランスを考えて動くのか、それぞれの子ども達が持っている色々な価値観が混在する中でどの様に「生きる」のか。生き方に善し悪しはなくそのあり方をも、自分で作っていくのがサドベリースクールの本質なのです。

人が増えると問題も増えたりもしますが、それも含めて必要なことが自然と起こり、総じてスクールの豊かさも増していくのではないでしょうか。

そんな八ヶ岳サドベリースクールを、2017年度もどうぞよろしくお願いいたします!

 

(スタッフ・かずま)


好きなことをすることに長けている。

  • 投稿日:2017年03月10日
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短期留学の第2期が終了しました。

今回は一般の子に加えて「西宮サドベリースクール」、「三河サドベリースクール・シードーム」、「湘南サドベリースクール」の生徒も参加しました。八ヶ岳の生徒も含めて全国のサドベリー4校の生徒が共に学ぶという状況で、八ヶ岳サドベリーのルールをベースに一般の子やそれぞれのスクールの価値観も混ざり合います。

 

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「当たり前」のない中で自由に活動を行い、必要に応じて話し合いを重ね、自然と人間関係も構築されていきます。

最初は顔も名前も知らない状態から留学期間が始まりましたが、最後の夜はどこからともなく「パーティしよう!」と集まり、夜中まで皆で大盛り上がりでした。

もちろん全員で仲良くするのが善、ということもありません。パーティしたい子がして、一人で活動したい子は一人で好きなことをしています。

 

普段のスクールも多様ですが、この短期留学中は人数が増えてより多種の様々な活動が行われました。

ざっと思いつくだけでも、温泉に行きたい、スノーボードしたい、肝試ししたい、カラオケ行きたい、勉強をしたい、ゲームをしたい、料理をしたい、ギターを弾きたい、野球をしたい、皆で鬼ごっこをしたい、笑ってはいけない(笑ったらお尻をスリッパで叩く)をしたいなど。。。

考えてみれば当たり前のことですが、皆やりたいことをやりたくてサドベリーに来ているわけなので、好奇心のままにその空間は自然と学び豊かなものになっていきます。

 

サドベリーの特徴は、自由にできる好きなことを自分でやる責任があるというところです。やりたいことのために必要な時間や物、人やお金等を自分でチョイスしなければ何もできません。好きなことをまったくしないこともできますが、それを選択した責任は伴います。

生徒一人ひとりが何を考えているのかは本人にしか分かりませんが、僕が思うにサドベリーの子達は常にあらゆる思考を巡らせているように思います。自分が好きなことは、自分に必要なことは何なのか。自分は何者なのかということを。

 

この留学中に新しく入学を検討するためのチケット会員になることを承認された子がいました。サドベリーに来たい理由は「自分のやったことに責任を持つということが今の自分に足りていないと思うから。」でした。

自由には責任が伴う。という言葉は社会の色々な環境で語られる言葉ではないでしょうか。サドベリーには与えられる自由や押し付けられる責任はなく、自分のやりたいことをベースに自由の拡げ方、責任の取り方を学べる学校なので、そこで日々学びを積み重ねている子は、自分の好きなことをやることにとても長けているなと思います。

 

(スタッフ・かずま)