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社会経験。

  • 投稿日:2018年11月19日
  • カテゴリー:ブログ

秋は紅葉が綺麗です。



サドベリーは「自由な学校」というイメージが一般の方には強いように思いますが、今回は民主主義を支える上でもう一つの重要な両輪である「自治」、学校は一つの小さな社会でもあるということについてお話します。

 

先日スクールに雑誌取材の依頼があって、生徒の子達が答えていた中で「何を目指して学んでいますか?」という質問に「何も目指していません。自由に学んでいます。」と答えている子がいました。多くの学校は、将来のためにとか社会に出て困らないためにという視点から今何をするかを考えられているように思います。

暖炉でダンボール燃やして遊んでます。



最近のミーティングでは、「ミーティングの考え方」についてみんなの意見を聞きたい。という話題が出て、色々な意見が出ていました。

・誰かが議題を出したときに、それをどうやって尊重する、大事にするのか?

・貼り出されてる議題を見て、出した人がどんな気持ちなのかとか、ちゃんと考えた方がいいと思う。

・議題の数が多くてめんどくさいと思ってしまったときがあったが気を付けてみたい。

・誰も参加しないときは一人で決めればいい。その決定を皆が守るなら大事にしてるということ。でも一人でやるのは寂しい。

・どんな議題が出たとしても、真剣に考える。

・大事にすることすら自由だったら、それは自分勝手じゃん。

・議題について考えてない人もいていいと思う。でも生徒もスタッフも全員そうなったらミーティングにならない。

・一人は寂しい。できれば皆でやりたい。出てほしいなら出てほしいと言う。

・参加せずに人任せでも、相手に任せて決まったルールを守ればアリと思う。

こんな感じでそれぞれの意見についてさらにその理由を聞いたりしていました。特に何かを決めたりしたわけではないですが、みんなの考えを共有したりそれに意見をし合うという話し合いでした。よく「話し合いの文化はどうやって作ればいいですか?」と聞かれることもありますが、僕は「話し合うことでしか話し合える土壌は作られない、日々話し合い積み重ねることで土壌が豊かになっていく」と思います。

スクール近くの公園。



確かに学校は社会に出る前の経験を積むところという意義はあると思いますが、サドベリースクールは今まさに所属している学校を社会と捉えて、社会と自分を切り離さずに責任を持って自分たちで自治していくという社会経験ができる学校です。

日々何をして過ごすのかを常に自分で考えたり、一緒に何か活動したいときは周りの人と交渉して、何か問題が起こればミーティングという正式な場を作って話し合います。嫌なことをされたからやめてほしいといったものもあれば、スクールとして取材を引き受けるかやスタッフの人事についてなど。子どもであっても自分たちで責任を持つので、ある意味既に社会人になっているようなものですし、卒業した人達の今の様子を見れば、実際の社会でも活きていることがわかります。

筆者は日本各地のスクール卒業生の人達とも交流がありますが、子ども時代から常に自分がどんな行動や発言をするかを自分で考え、自分の学びや幸せについても自ら責任を持つ経験をしています。集団の中でどう物事を進めるかや問題解決もたくさん経験し、色んなことを考える時間が山のようにあるので自分のことをよく知っていますし、失敗したりうまくいかないときも軌道修正することができるようになります。

スクールでの社会経験を重ねて協調性や社会性を身につけていますし、自分の人生をどのように生きるかということを考えたり自ら切り開いていくことが当たり前になっているのです。

ダンス踊ってます♪



どんな学校も会社も、家族や友人関係、習い事や趣味の集まり等も含めて一つひとつが小さな社会と言えると思いますが、サドベリースクールという小さな社会には、「何も設定されていない」という特徴があります。言い換えれば「社会のあり方を自分たちで考えて決めていく」ということなのです。そして、そんな社会の中に身を置き、自分の行動を自分で決めていくということも、大きな社会経験になっていきます。

(スタッフ・かずま)

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