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恐怖の不在~②違和感を持つ~

  • 投稿日:2018年09月05日
  • カテゴリー:ブログ

ミーティング風景



前回の記事

恐怖の不在①

では、サドベリーという小さな社会は誰かが恐怖(権威性)で支配することをしないのでどんな人とも対等に関われる環境が成り立っているというお話でした。2回目の本稿では、恐怖がない環境で子ども達がどのように過ごしているかを書いていきます。

権威性がないことで一人ひとりが何をやっても(やらなくても)いい活動の自由が保証されます。何歳だからこれをやらなければはありませんし、まだ何歳だから早いも、男・女の子なのにそんなことやるのはおかしいもありません。さらに権威性がないことに慣れきった子ども達は「恐怖に対する違和感」を持ちます。

公園に遊びに来ました!



たとえば、みんなで一緒に遊んでいて鬼ごっこをしようとの話し合いで「増えおにがいい、こおりおにがいい、色おにがいい、ケイドロがいい」など色々な意見が出たとき、そこで誰かの意見が無かったことになって進むようなことがあれば、誰かが違和感を持って「まって、あの子こんなこと言ってたよね」と口を挟みます。

たとえば、楽しく遊んでじゃれ合っていても、嫌になってきた子がいれば「もうやめて、ミーティングに出すよ?」と言うこともあります。大人などの権威に頼って誰かに解決してもらうというわけではなく、自らミーティングという正式な場に出すことでスクール(社会)としての正当なジャッジを使って解決していきます。

「恐怖」というと少し大げさな感じもしますが、より具体的にいえば「誰かの意見が尊重されない」ことに違和感を覚えるということです。

興味があることを好きなだけ話しています。



前の記事で「権威性がない」ことについて書きましたが、権威性が全く存在しないわけではありません。一般の方から「いじめはあるんですか?」という質問をもらうこともありますが、みんな色々な価値観を持った人間なので気持ちの行き違いや誰かが誰かに違和感を持つなどの問題は頻繁に起こります。むしろ問題が起こらない方が「問題そのものを権威化」して避けているということもあると思うので、そこにいる人達が多様であるなら問題が起こること自体は自然です。

問題が起こったときに、上記のようにその場で話し合って解決したり、ミーティングで正式に話し合うことができる環境が成り立つには、尊重されないことに違和感を持てる一人ひとりの感性と、それをすぐに言える文化(雰囲気、システム)があるかどうかが重要なのです。

(スタッフ・かずま)

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