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多数決をすることが民主主義?

  • 投稿日:2017年07月28日
  • カテゴリー:ブログ

 

最近のミーティングで、多数決の在り方についての話し合いが出たときの様子を紹介します。

これまでのスクールのルールでは「生徒とスタッフが一人一票を持ち、何かを決めるときは多数決で決める。」と決まっていましたが、これだけでは不十分ではないか?との提案があり、改善案を話し合いました。

 

まず一つ目は、「色んな価値観や意見を持つ人がいる中で、出したい意見を出せない可能性がある」という問題です。多数決で決めるとしか決まっていないのでミーティングが進んでいくにつれて、話し合いが不十分な段階で早めに多数決を決行してしまうリスクがあるのです。これについては「意見が出し尽くされた時点で決を採れる」と決まりました。これにより多数決の前には議長が必ず「他に意見はないですか?」と確認するステップを経ることで「参加者全員が多数決に同意した状態」で決が採れます。

次に、「反対する人は必ず意見と理由を言う」ということも決まりました。これは話し合いがまとまって決を採る段階で理由もなく反対をされてミーティングが混乱することを避けるためです。「意見や理由を言いたくない人もいるのでは?」という意見もありましたが、スクール入学の条件の一つに「自分の気持ちが話せること」があるので、「自分の意見を言うのは自分の責任」というところでまとまりました。

 

他にも「そもそも、多数決がよくないんじゃないか?」「それは議題とは別のことだから改めて議題を出せばいいよね」との意見が出たり、「意見を出すだけでは理由を言わなくていいことになるから、(たとえば「僕はこのペンを使いたい」は意見だけど、ペンを使いたい理由は言わなくていいということになる。)理由も言うことを決めるべき。」という細かいところを突く子がいたり。

「誰かの議題に賛成・反対という多数決(過半数で承認)の場合と、A案B案C案などの三択多数決の場合ではまた異なるのではないか?」との意見からやはり「すべての多数決において事前に参加者全員の同意が必要」と決まったり。

このように、細かいところまで徹底的に話し合うのでミーティングが長くなるときもありますが、その議題に興味がある子は集中して参加していて、逆に興味がない子は一切参加せずに自分の活動を楽しんでいます。「一人一票を持っている」ことが大事で、その権利を行使するかしないかは完全に個人の自由です。出ない人は委任とみなされて決定に従う義務があります。これが自由と比例する責任です。

 

これまでのミーティングで多数決が強行されたり、理由もなく反対されて混乱した例があるわけではなかったのですが、ルールをより細かく明文化することで、今後もそのとき集まった人による決定の差が出ずに整合性がとれると思います。

個人的には、民主主義とは「単なる多数決」ではなく「少数派を救うべきもの」でもなく、個人個人が対等な責任を持つその先に「どんな意見や価値観も排除されない個人の自由と権利を守るように努めるべきもの」だと思っています。その「在り方」には正解はありません。常にこれがいいのか?と考えながら最善を尽くし続けていくことで、将来的にも民主主義の文化が保たれる素地が積み上げられていくのだと思います。

 

(スタッフ・かずま)

 

 

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