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ルールは縛られるためにではなく、自由を守るためにある。

  • 投稿日:2017年05月29日
  • カテゴリー:ブログ


 

短期留学中は普段よりも生徒が多く賑やかです。人が増えると必然と増えるのがルールです。一人ひとりの価値観が違うので人が増えれば価値観の数も増えます。個人の価値観が最大限に尊重されるサドベリーでは、守られるべき自由の数が増えているということです。

 

先日も、「校舎内でのボール遊びは危ないと思った人がいたらやめる。」というルールができました。室内でドッヂボールをしていて衣装ケースにボールが当たって割れたことが発端で話し合われてできたルールです。再発をどのように防ぐかという観点から、ボール遊び自体を禁止にするという選択もできしたが、細かく分けると様々なボール遊びがあって一つ一つのボール遊びのすべてにラインを引くことまではできないし、危なくないボール遊びも多々存在することが話し合っているうちに分かってきて、危ないか危なくないかは自分達で判断できるという前提のもと、このように決まりました。

 

ちなみに、ルールは生徒みんなが見えるところに貼り出されており、ミーティングノートもみんながいつでも確認できるところに置いてありますが、全員が全てのルールを記憶しているわけでも全ての決定を常に頭に入れているわけでもなく、自分から聞かなくても誰かが常に説明してくれるわけではありません。どこまでどのように知って理解して民主的な学校運営に参画していくのかも本人しだいなのです。

場合によっては、「この決定や新しいルールの緊急性や必要性の高さに応じてミーティングに出ていない全員に通達する。」と決定されたりミーティングの議題に関係している人がその場に招集されることもあります。

 

他にも困ったことがあると随時ルールは作られていきます。最近では「ハチが入ってきて危ないのでドアは開けっぱなしにしない。」「炊飯器の中にしゃもじを入れっぱなしにしたりジャーに立てかけたりしない。」等。ハチが入ってきて危なかったり、しゃもじが炊飯器の熱で溶けてしまったり、問題が発生したその都度解決策を話し合います。

ルールはその問題行動を制御・禁止するためのものではなく、自由と権利が侵害される恐れを回避するためのもので、自分達の自由を如何にして守るかということなのです。

 

(スタッフ・かずま)

 

 

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