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教わらなくても、学ぶ。

  • 投稿日:2017年11月15日
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先日、スクールに英語で問い合わせがあったときの出来事です。

現在スクールの問い合わせ担当をしているスタッフは英語が堪能ではないので、いつもは翻訳サイトを駆使したり英語が分かる知人に聞いたりしてやり取りをしているのですが、たまたまミーティングで諮る必要があったので、そのメールについての議題をミーティングで話し合いました。そのミーティングで、一人の生徒の子が「自分は英語が少しならわかるから、そのメールの担当をやりたい」という提案をして、引き受けることになったのです。

その子も完璧にできるわけではないので、英語の文法を調べながら文章を作っていましたが、なぜ英語が分かるかというと、普段自分が好きな世界中の人が参加するオンラインの対戦ゲームをやっていて、ゲーム内で有力なチームのマスターをしながらチームメンバーとのやり取りにチャットやSkypeなどで英語も使うから、だそうです。

 

サドベリーには与えられる時間割やテストが無いので、公立校などで行われている教科の学習はやろうと思えばできるしやりたいと思わなければ一切やらないという環境です。入学の際親御さんには、「お子さんが字を読めず計算もできないまま大人になるかもしれませんが、子どもが望むならそれを尊重するのがサドベリーです。それでも大丈夫ですか?」という話もしたりします。

ただ実際には、個人差はありますが字を読めないと困ることや計算が必要になってきて、マインクラフトをしながら漢字や英語を覚えていったり、ミーティングに議題を出すために文字を書いたり、電車に乗る切符を買うから計算をするなど、必要なことは日々体験から身に付いていきます。

今回の英語が分かる子も、小さい頃からサドベリーに通っていて、今まで英語の授業を受けた経験があるわけではないのですが、自分が好きなゲームに必要な知識として自ら英文を学んでいますし、自分のためだけでなくスクールのためにとメールの担当を引き受ける気持ちもあります。

 

サドベリーの子達の特徴として、勉強を強いられたことがないから勉強嫌いになっていませんし、知らないことへの恥もなく自分に必要と思えば取り入れることに躊躇いがありません。「知らないことを知っている」のです。この場で公立校の批判をするつもりはないですが、「習ってないから知らない≒教えられなければ学べない」という思い込みは、自然な学びを妨げている場合もあるのではと思います。

 

 

(スタッフかずま)


好きなことをするのが当たり前になっていく。

  • 投稿日:2017年10月31日
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先日、全国各地のデモクラティックスクール、サドベリースクールのOBが集まる交流会が、スクールの場所を借りて行われていました。八ヶ岳サドベリーの生徒の子達も他のスクールOBに興味を持って参加したり、この記事を書いているスタッフかずまも西宮サドベリースクールOBとして参加させてもらいました。

 

サドベリーの日常は、皆自分の好きなことを好きなだけできる環境です。友達と遊んでいる子、スポーツに勤しむ子、音楽を奏でる子、勉強している子、将来のことを考えている子、色々いますが、皆共通しているのは今自分の興味があることをとことんやったり、ひたすらに考えているということです。

 

一般の方から、子ども時代に好きなことだけをしていて将来大丈夫なのですか?という質問をされることがありますが、よくよく考えてみれば、何を基準にして大丈夫とするのかという問いが生まれてきます。そして究極的には一人ひとりは皆違う人間ですから大丈夫なのかはわかりません。

 

ここで一例として、実際にスクールに通って社会人になったOBの姿を見てもらえれば、何となくどんな大人になるのか、その雰囲気は分かると思います。

今回集まった人達の中から例をあげると、運動が好きでスポーツジムで仕事をしている人、働きながら好きなバイクを買って走り回っている人、フリーランスで月商100万円を目指している人、海外留学の資金を貯めるためにガッツリ働いて稼いでいる人、など、皆さん多種多様ながらそれぞれ社会に溶け込み、大人になっても自分の好きなことややりたいことをベースに生きていることが分かります。

そして、この集まりのためだけに八ヶ岳まで来るフットワークの軽さもそうですが、少なからずサドベリーに通って良かったとは思っている人が多いですし、自分の好きなことのために努力を惜しまない姿勢は人として素敵だなと思います。

 

先ほども記述しましたが、サドベリーの日常は「好きなことをやるのが当たり前」です。多様な生徒の子達皆が自由でいるために、ミーティングのやり方を【多数決をすることが民主主義?】考えたり、好きなことをやるために必要な予算を獲得【プロジェクトの報告義務。】したりなどなど、めんどくさいような話し合いも少なくないですが、好きなことをできる環境であり続けるために、皆の自由を確認し合う作業としては必須になってきます。

全てを自分で決められる自由があるというのは反面、全ての責任を自分が負うということ。自分次第でやりたいことをとことん突き詰めてやることもできれば、何もしなければ何も起こらない、サドベリーはある意味大人と同じ環境なのです。その環境の中で、自分がやりたいこと、やるべきことは何なのかを考えて、それに必要な努力をする姿勢は、大人になっても変わらないなと思いました。

 

 

(スタッフ・かずま)


プロジェクトの報告義務。

  • 投稿日:2017年10月17日
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スクールでやりたいことがあればいつでも企画ができる「プロジェクト」。

例)英語を習うために先生を呼びたい、お菓子や料理作りの材料を買いたい、川遊びや牧場へ遊びに行くので車を手配したい、スキーに行きたい、温泉巡りをしたい、川釣りに行きたい、等、これまで色んなプロジェクトが生まれていますが、八ヶ岳サドベリースクールでは、自分のやりたいことをミーティングに提案・プレゼンすることで、必要な予算、物、人を獲得することができます。

先日のスクールミーティングで、9月に行われた「沖縄旅行プロジェクト」の終了報告がされました。秋休みを挟んでいたため伸びましたが、「プロジェクトは、終わった日から1週間以内に報告する。」というルールがあります。自分の自由に責任を持って行動するサドベリーでは、プロジェクトの企画・実行はもちろん、お金の管理やサポーターとの契約、各施設の予約等も自分で行います。分からないときはスタッフや分かる人にお願いして手伝ってもらえますが、あくまで自分でイニシアチブを持ってやります。

プロジェクト報告では、はじめに企画するとき、なぜやりたいのか、お金を使う価値はあるのか等をプレゼンして承認をされたものを、実際にやってみてどうだったのか?が問われます。

 


 

参加した子は、

「みんなで海に入って遊んだり、水族館で魚を見た。行って良かった。沖縄そばの肉がうまかった。」「大きなジンベエザメ2頭を見たり、ヒトデをさわれたりして楽しかった。ヒトデ硬かった。」「反省点としては、企画を責任者一人に任せず手伝ったほうが良かったと思う。今度は自分も企画に加わりたい。」


 

「運転手を頼むために呼んで初めて会ったサポーターの人と親しくなれた。今後もプロジェクトに来てくれるとコミュニケーションをとれた。」「エメラルドビーチ、古宇利島、(名前は忘れた)橋、などの綺麗な景色を見られた。」「プロジェクトの問題点は無かった。良い企画だったと思う。ただ今回は責任者任せだったから、今度は一緒に意見を出し合って計画を立てたい。」


 

などなど、行っていない人にも分かりやすいように感想を求められました。充実した旅だったようで、聞けば聞くほど感想も出てきます。今回は約25万円の生徒活動費を使ったこともあり、その価値があったのかどうかの確認です。

 


 

プロジェクト責任者の子は、

「プロジェクトメンバー全員の意見を聞きつつそれが実現するようにまとめたり、予算の内訳(航空券代、レンタカー代、ホテル代等)がはっきりしていなかったため、何度もミーティングに通らなかったりして企画するのが大変だったが、特にアクシデントもなく、大変な分充実した沖縄旅行になった。」と、旅行の内容よりも企画を実行することに意識を多く持っているみたいです。

最初にミーティングに出したときも、みんなで旅行して楽しみたいということももちろんですが「今の自分が大きな企画を実行するということにチャンレンジしたい。」と話していました。また、「スクールで「生徒活動費」を使うことがまだ少ないから、自分が企画をしたことで、今後生徒が何か企画をするときに参考になると思う。」と、スクール全体にも寄与したい思いを感じられました。

 


 

サドベリーは全てを自分の自由に決められるからこそ、「あれやりたいなぁ~」と言っているだけでは何も起こらず、自分で決めなければ何も実現することはできません。ですが、自分のやるべきことを考えてきっちり責任を引き受けてやっていけば、自分の努力しだいでどんなことでも達成することができる環境があります。

そして、サドベリーはここが大事なのですが、プロジェクトをするのが偉いということもありません。「生徒活動費」「プロジェクト」「スクールミーティング」は自分のやりたいことをするために使える一つのシステムにすぎません。どれも使う・使わないは自由で、その権利が保証されていることがスクールの存在意義となります。スクール本体すらも、子ども達がやりたいことをするための大きな一つの環境にすぎないのです。

 


 

僕はミーテイングで企画が不十分だろうと意見して反対したときに「旅行に行ってほしくないのか?」ということも言われましたが、いやいや、個人の感情の問題じゃなくて、スクールとしてちゃんとした企画が成り立ってないと通せないでしょうと意見しました。「行かせてあげたい」という感情とは別で、みんなの意見をふまえて「正当な判断」がされるのが公正なミーティングの場ですから。個人的には、天気はあいにくだったようですが、楽しそうで何よりだなぁと思います。

(スタッフ・かずま)

 

 

 


勉強をするのか?しないのか?

  • 投稿日:2017年09月11日
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八ヶ岳サドベリースクールには、一方的に決められた授業やテストがありません。その環境で「はたして勉強はするのですか?」という疑問を持たれる方もおられます。今回はそのことについて書きます。

まず結論から書きますが、「勉強するかしないかは生徒が決めます」の一言につきます。何をするのも何もしないのも自由ですから。

そもそも、国社数理英の教科学習こそが「勉強」であるという見方はとても狭義な意味での「勉強」ですし、「勉強」とは?「学習」とは何か?という論点もありますが、今回はそこには触れず、実際にどんな活動をしているのかを紹介していきます。「遊び」と「学び」を区分けして評価しないという考え方についての記事はコチラ→遊びたい!は学習意欲そのもの。

 

ある日の写真では、4人で机を囲んでいちごオーレを回し飲みしながら、ノートを開いてペンで何やら書いています。4人別々の何かをしていましたが、ある子は「英語が好きで、英検の上級を目指している」という動機だったり、他には「漢字が好きで書いている」「文字を綺麗に書けるようになりたい」など、様々な動機があります。ハマっているときは何時間でも続けて勉強をしていますし、やらないときは何年経ってもやらないで、そのまま卒業する子もいます。

サドベリーの卒業生やOBには、専門学校や大学に進学する子や、海外で働きたいとの思いから在学中からスクールで英会話のリスニングを受けたり独学で受験勉強をしながら高卒認定試験に合格して、海外の大学へ進学した子もいます。その一方で、教科学習という意味での勉強を一切せずにサドベリーを卒業して、社会人になって働いている子もいます。

ここで一つ分かることは、教科学習という意味での勉強をしていた子もしなかった子も、何ら問題なく社会に出ているということです。たとえ社会に出てから「勉強した意味が無かった」「もっと勉強しとけば良かった」と思うときがあっても、自分で自由に選択した結果なので文句を言ったりはしないでしょう。

勉強が自分にとって必要な経験を積むための一つの手段であることは、大人も子どもも同じです。そこで、小さい頃から自分にとって必要な経験が何か?ということを日々自分で考えて、自由に学んでいるのがサドベリースクールの生徒の子達なのです。

 

 

(スタッフ・かずま)

 

 


取材を引き受けるべきか否か。

  • 投稿日:2017年08月30日
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先日、スクール宛にとあるインタビュー取材のお話がありました。生徒、スタッフ、保護者の声を聞きたいという依頼です。サドベリーはまだまだ認知度は低いですが、面白い学校だと注目される方も増えてきつつあるので、一般の個人や企業からの取材であったり、学生さんが研究しに来られたりすることがあります。

サドベリーは「子ども達による学校運営」で日々営まれているので、取材を引き受けるかどうか自体も子ども達と雇われたスタッフで決めていきます。今回の取材は編集権の関係で記事を公開される前にスクールの皆で確認したり訂正することができないことが分かり、それも含めてどうするのかを広報に関する議題を扱う運営ミーティングで話し合いました。

ミーティングでは色々な可能性が考えられて、取材をされることでスクールの名前を広めることができるのはとても大きなメリットですが、誤った解釈で一般の方に広まられても本来の目的とは異なってしまう場合があります。ここで大人の都合だからと「なぁなぁにしない」のがサドベリー。ミーティングの議長をしていた子がMyパソコンで即座に「編集権とは?」を調べて考えます。

ある程度調べて周りの子にも伝え理解していく中で、取材を引き受ける時点で、ある意味「誤って伝わる可能性」はゼロにはならないから、それなりの覚悟ができるかどうかだよね。という話になりました。そもそも、このブログだって、「誤って伝わる可能性」はあり得ます。

ただ、その可能性をできる限り無くす努力をしようということで、インタビュー・編集をされる方には「サドベリーのことをきちんと理解した上で書いて下さい。」とお伝えする条件で、ありがたく取材を引き受けることになりました。

日頃のごみを捨てるべきか否かという細かな話し合いから、スタッフの任免を子ども達で考えたり、学校の年間予算についてやイベントの参加費など、数多の話し合いを繰り返しているサドベリーでは、自分達の自由な社会を創るために必要な「学校を自分達で自治する」という経験を自然と積み重ねているのです。

 

 

(スタッフ・かずま)


久しぶりに会ったのに、昨日も会っていたような…

  • 投稿日:2017年08月24日
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スクールは今日から夏休み明け。朝早くから続々と子ども達が登校してきています。

ディズニーランドやプールに遊びに行ったり、買い物したり旅行したり、家でゴロゴロしたり、それぞれに楽しんでいたみたいですが、比較的短めである2週間の夏休みでも「休みが長かった」と言う子もいました。また、休みの日を一日間違えて、昨日の朝スクールに来ていた子が何人もいたそう。笑

子ども達が来たくて来ている学校はいいなとあらためて思いました。

 

都会に出てきた大人の人が故郷の友人に会って「久しぶりに会ったはずなのに、昨日の続きのような感覚で話せて安心する。」みたいな話を聞きますが、サドベリーの子ども達の関係性はこんな感じに見えます。

もちろん全員と仲が良いわけはないですが、これは「空気を読んで会話する」「仲良くしていることを演じる」必要がないからだと思います。みんなと仲良くしたい子は積極的に関わり、一人で集中したい子はまったく誰とも会話をしないときもあります。自分の必要に応じて関係を作る、とても自然で無理のない人間関係がサドベリーにはあります。

 

もう一つサドベリーの特徴として、形式ばった「自己紹介をしない」というものがあります。大人であれば初対面の人と、名前や仕事、出身地や経歴の話から、気が合う友達になったりしていくことがあると思います。まずは外面からなイメージですね。

サドベリーの生徒の子達はまず一緒に遊んで相手を知っていくことが多いように思います。遊び合うことで相手の中身を理解したり価値観を共有するということを自然とやっていると思います。最初は遊ぶことが目的であっても、その途中で名前を聞く必要が出てきたら聞くので、遊んでる途中に「あれ、名前なんだっけ?」と聞いているシーンを見かけることもしばしば。

空気を読むか読まないかを自分で決める日々の積み重ねから、社会に出ても、目の前の相手と本音で話すことや、自己主張(表現)ができるようになっていくのではないかと思います。

 

 

 

(スタッフ・かずま)


多数決をすることが民主主義?

  • 投稿日:2017年07月28日
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最近のミーティングで、多数決の在り方についての話し合いが出たときの様子を紹介します。

これまでのスクールのルールでは「生徒とスタッフが一人一票を持ち、何かを決めるときは多数決で決める。」と決まっていましたが、これだけでは不十分ではないか?との提案があり、改善案を話し合いました。

 

まず一つ目は、「色んな価値観や意見を持つ人がいる中で、出したい意見を出せない可能性がある」という問題です。多数決で決めるとしか決まっていないのでミーティングが進んでいくにつれて、話し合いが不十分な段階で早めに多数決を決行してしまうリスクがあるのです。これについては「意見が出し尽くされた時点で決を採れる」と決まりました。これにより多数決の前には議長が必ず「他に意見はないですか?」と確認するステップを経ることで「参加者全員が多数決に同意した状態」で決が採れます。

次に、「反対する人は必ず意見と理由を言う」ということも決まりました。これは話し合いがまとまって決を採る段階で理由もなく反対をされてミーティングが混乱することを避けるためです。「意見や理由を言いたくない人もいるのでは?」という意見もありましたが、スクール入学の条件の一つに「自分の気持ちが話せること」があるので、「自分の意見を言うのは自分の責任」というところでまとまりました。

 

他にも「そもそも、多数決がよくないんじゃないか?」「それは議題とは別のことだから改めて議題を出せばいいよね」との意見が出たり、「意見を出すだけでは理由を言わなくていいことになるから、(たとえば「僕はこのペンを使いたい」は意見だけど、ペンを使いたい理由は言わなくていいということになる。)理由も言うことを決めるべき。」という細かいところを突く子がいたり。

「誰かの議題に賛成・反対という多数決(過半数で承認)の場合と、A案B案C案などの三択多数決の場合ではまた異なるのではないか?」との意見からやはり「すべての多数決において事前に参加者全員の同意が必要」と決まったり。

このように、細かいところまで徹底的に話し合うのでミーティングが長くなるときもありますが、その議題に興味がある子は集中して参加していて、逆に興味がない子は一切参加せずに自分の活動を楽しんでいます。「一人一票を持っている」ことが大事で、その権利を行使するかしないかは完全に個人の自由です。出ない人は委任とみなされて決定に従う義務があります。これが自由と比例する責任です。

 

これまでのミーティングで多数決が強行されたり、理由もなく反対されて混乱した例があるわけではなかったのですが、ルールをより細かく明文化することで、今後もそのとき集まった人による決定の差が出ずに整合性がとれると思います。

個人的には、民主主義とは「単なる多数決」ではなく「少数派を救うべきもの」でもなく、個人個人が対等な責任を持つその先に「どんな意見や価値観も排除されない個人の自由と権利を守るように努めるべきもの」だと思っています。その「在り方」には正解はありません。常にこれがいいのか?と考えながら最善を尽くし続けていくことで、将来的にも民主主義の文化が保たれる素地が積み上げられていくのだと思います。

 

(スタッフ・かずま)

 

 


「スタッフの給料を上げるべき!」と言う生徒と、「生徒の活動費を上げるべき!」と言うスタッフ。

  • 投稿日:2017年07月20日
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今回は、日常の会話の中で出てきたやり取りを紹介します。サドベリースクールでは、スクールの年間予算をどうするか、今年はどのスタッフを雇うか等、生徒がすべての話し合いに参加する権利を持ちながら運営が行われています。

話し合いの内容もフルオープンで今年度の予算書も公表されているのですが、ある日一人の子が予算書を見て「スタッフの給料少なすぎるでしょ!食べていけんの!?」という意見から、スクールの年間予算の話になりました。補足をすると、年度途中でスクールに入った子なので今年度の予算を決める話し合いには出れていない子です。

今回はミーティングの場ではなく普通に会話していただけなので、スクール公式な検討には至っていません。「もっと高くするべきだと思うからミーティングで提案したい」と言っていましたが、年間予算を決めるのは年度末のことです。本当にミーティングに提案するのかは分かりません。

現在スタッフ給与は月額20万円(額面)なので、確かに一般の社会人の平均からすると低めかもしれません。ただ、この子と話していたスタッフは逆に生徒の活動費を最優先に上げるべきという意見を持っていて、毎年より高い活動費の金額を提案しています。(2017年度の生徒活動費は約80万円ほどです。※生徒活動費とは:生徒が自分の学び(例、好きなマンガを買いたい、パソコンを買いたい、英会話の先生の講師料、プールの入場料、遠足に行く交通費等)に使えるお金のことです。)

逆に、スタッフがもっと高い給与を要求することもできますし、生徒が自分達の活動費を上げる提案やスクール広報にいくらお金をかけるのか等色んな意見が出ます。何が正しい間違いはないですが、「スタッフが仕事を頑張っているから」「(スタッフも生徒も)自分だけがお金を得たいから」等の感情論だけで単純に上げ下げできるものでもありません。スクールの発展と共に収入と支出のバランスを考えながら、毎年改善を加えつつちょうど良いラインを決めていきます。どんな意見を持つのも持たないのも自由で、本当に変えたければミーティングで提案することができるのです。

 

あとがき:個人的には、予算は全体のバランスを取るのはもちろんのことですが、生徒を優先しすぎてスタッフが犠牲になるのはよくないけど、本来学校は生徒のために存在するはずなので、スタッフが無理なく生活していける範囲を保ちつつ、やはり生徒を最優先に考えるべきだと思うのです。果たして来年度の予算を決めるときにスタッフの給料を上げる提案が出るのでしょうか…

(スタッフ・かずま)

 


自然の中のスクール。

  • 投稿日:2017年07月10日
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八ヶ岳の夏は辺り一面に緑が生茂って、山も川も非常に自然豊かなものがあります。自然の中にスクールがあることが八ヶ岳サドベリースクールの大きな特徴ですが、一概に「自然は子どもに善い」という訳でもありません。今回は自然の中のスクールであることの、メリットとデメリットをお話します。

自然の中のスクールは、「空気がきれいで気持ちがいい、近郊には山や森や川など自然がいっぱい、自然から採れる新鮮な食材が豊富、校舎が広くて開放感がある、周りを気にせず音楽をしたい子は大きな音を出せたり、敷地内でBBQや焚き火や花火もできる…」等々。

一見良いことづくめのようですが、都会のように人の豊富さや色んな施設が身近にあるというメリットはありません。たとえば、何か専門的な知識や技術を学びたいとなったら、学べる先生のところへ行ったり講師として招聘するとき等のアクセスは絶対的に都会が有利です。ちょっとした買い物だったり遊びに行くのも電車やバスを使えば子どもの足でもどこへでも動ける街中に対して、田舎は車がないと足が伸ばせない地域も少なくありません。

 

このように条件が違うだけで、一概に善いとは言えないことが分かります。

サドベリーはこれらの色んな条件を踏まえて、入学することを選ぶのは子ども本人です。自然が好きな子や街中が好きな子がいたり、自然がある場所に身を置きつつゲームをやりたい子や街中を日常拠点にしながら山登りをしたい子がいたり。それに、どこに住むのかは家族全体に関わることですし、メリットデメリットを考えながら総合的に(または直感で)決めていくことになります。今は子どもの学校のために、家族全体で真剣に考えて八ヶ岳まで引っ越してくるご家族も少なくありません。

 

個人的には、生かすも殺すも自由なので、自然の中でも街中でもどちらでもいいと思います。八ヶ岳サドベリーでは自然を活かして色々な自然体験をしていく子がいる一方で、ずーっと校舎の部屋にこもってパソコンをしたり勉強をしている子もいます。「せっかく自然の中なんだから自然を活かすのが善い」とも決めつけられません。

人と人、価値観と価値観の「違い」には一方的な善し悪しを付けられるものではなく、田舎なら田舎なりの暮らし方を学べるし、街中なら街中なりの暮らし方を学べるということなのです。

 

(スタッフ・かずま)

 

 


「活動費」というシステム

  • 投稿日:2017年06月12日
  • カテゴリー:ブログ

 

今回は、八ヶ岳サドベリースクール独自のシステムの一端をご紹介します。

スクールができて最初は「ミーティング」や「ルール」といったシステムがなく、ゼロから生徒とスタッフで話し合って作っていくのがサドベリー。日々作られては変えられ、そぐわないものは消されていくのが常ですが、八ヶ岳サドベリーの2016年度からは「活動費」というシステムを導入しています。

簡単にいうと、「生徒が自分の学びのために自由に使える予算」です。TVゲームで遊び尽くしたい、数学の専門書を購入して学びたい、皆でプールに行って遊びたい、ネイティブの人を講師に呼んで英会話を習いたい、等、サドベリーではどんな活動も同じく価値があるものとして扱われるので、何に活動費を使うかに制限はないです。八ヶ岳の活動費は年間80万円ほどあるので、理論上は一人で何かやりたいことのために活動費の全額を使うことも可能です。

ただし、「自由に使える」という言葉は一見とても素敵に見えるかもしれませんが、そう甘くないのが実情です。「一人の自由は、もう一人の自由と遭遇した時点で終わる。」という言葉もあります。

 

活動費を使うためには、「プロジェクト」を企画してミーティングに出す必要があります。ゲームをしたいにしても英会話をしたいにしても、なぜそれがやりたいのか、どんな学びがあるのか、お金を使う価値・必要性はあるのか、実行にあたっての計画性、などなど、スクールミーティングで公正に審査されます。

しかし、そうして「ミーティング」で審査されることが、あらゆる学びの質を高める効果もあります。予め計画性も必要ですし、行き当たりばったりでは却下されてしまうかもしれませんから、やりたい活動にどんな意味や学びがあるのか、自分がなぜそれをやりたいのか?と、自分自身で考える必要が出てきます。

また、「活動費を使った後はミーティングで報告する」というルールがあるので、ミーティングでプレゼンした内容通りに企画が遂行できたのか、変更点や問題点があったかどうか、実際にやってみて本当に学びはあったのか、などの報告もまたミーティングで審査されます。最初にプレゼンで言っていたことをやっていなければ、次回同じことをプレゼンしたとしても、前回言ってたことやらなかったよね?となるのは自然です。

 

サドベリーは常に試行錯誤の日々ですが、当然この活動費を使って活動するのが偉いということもありませんし、やりたいんだからやらせてあげようということもありません。ニュートラルなスクールミーティングの場でジャッジされることが全てなのです。最近では、釣りに行きたい、スキーを習いたい、温泉巡りをしたい、みんなで旅行をしたい、等の企画もありましたが、今後どんなプロジェクトが出てくるのでしょうか。

 

(スタッフ・かずま)